「国家公務員を辞めたい」といえば、周りの人は反対してしまうほうが多いのではないでしょうか?
でも意外にも、「国家公務員の仕事がきつい・辛い」「国家公務員の仕事を辞めたい」という方は多いんです。

もしかするとこの記事を読んでいるあなたも国歌公務員をしていて、辞める理由を考えたり退職の伝えを考えているかもしれません。

 

実は今回、実際に国家公務員を辞めた方のアンケートを取ってみました。

内容は

  • 国家公務員を辞めたいと思った理由
  • 退職理由の言い方・伝え方
  • 辞めると伝えたタイミング
  • 退職届にはどう書いたか
  • 国家公務員を辞めてよかったと思ったこと

です。

実際に国家公務員を辞めた方が、どういう風に退職を伝えのかは参考になると思います。

 

その後に、

  • 辞めたいといっても辞めさせてもらえない人
  • どうしても自分からは「辞めたいです」と言いづらい人、辞めづらい人
  • 退職拒否や引き止めを、自分一人だと振り切れる自身がない人
  • 今の職場が最悪で、いますぐ逃げたい、即日退職したい人

向けに、退職代行サービスというものも紹介します。

今、国家公務員のお仕事で悩みを抱えている方の参考になれば幸いです。


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国家公務員を辞めた5人の体験談:退職理由や言い方、辞めてよかったことなど

※枠内をスクロールしていただくと読めます。

昨年の5月に30数年働いた国家公務員を辞職しました。
定年まであと少しでしたが、これ以上働き続けることは時間の無駄になるように感じたのが理由です。

具体的な例を言いますと、一つ目の理由は、公務員の仕事に成果主義が導入されて、具体的な成果が求められるようになったことです。
公務員の仕事は、私のような地方の出先機関の職員は主に行政の仕事を法律に従って遂行することに尽きます。

 

例えば税金を徴収する仕事を例にとって説明すると、正しい税金の金額を、納期限までに、徴税することが仕事の内容です。
このような職種であるのに、ここに成果が求められても・・・。

売上向上キャンペーンのように、『今月末の徴税額○○円達成!!』というような職種ではありません。
無意味な成果主義による、部下の査定や、上司への報告等々、本来の仕事ではないような仕事が増えました。

 

もう一つの理由は、今はやりの○○ハラスメントの横行です。
部下へ仕事上の注意をしたとしても、注意された部下が「パワハラです。」と声高に言えばパワハラだとされる状況が嫌でした。

ましてや、パワハラを受けたとされる人物が職場のメールで一方的に被害を流布するという、おかしな状況が多々ありました。
私は直接の被害は被ることはありませんでしたが、その被害者とされる人物は、少々心を病んでいるような女性であり、本来なら病気の治療を勧めることが先決だと思われるのですが、その件は放置したまま彼女の主張を聴くという状況でした。

くだんの女性は仕事中に突然「やめてください。」と大声を出して喚くなどの奇行がありましたが、上司は黙認していました。
公務員の世界独特の事なかれ主義で、2年か3年我慢すれば、人事異動で配置転換されるのを待とうということなのです。

 

以上、2つの理由で私は国家公務員の仕事が嫌になり、辞職しました。
上司に「辞める。」と2か月前に口頭で伝え、辞職願には「自己都合のため」と書きました。

ほぼ円満に退職できたと思います。
仕事を辞めてから、半年は悠々自適な生活を送ってリフレッシュしました。

 

その後、老人介護施設での仕事を見つけて、週2日のアルバイトをしています。
まったく畑違いの職種であるので、今までに経験はまったく役に立たず、見るもの聞くもの、すべてが初めてのことで、とても刺激を受けています。

新しい職場では、自分の親の年代のお年寄りと接することが出来るので勉強になります。
「私もこういうおばあちゃんになりたい。」と思えるような方々に出会えました。

また、介護の仕事に就いておられる方々の厳しい現状を直接に見聞き出来ることも勉強になりました。
一つの職業に長く就いていると、知らず知らずのうちに「公務員臭」のようなものが付いていたようですが、少しずつ薄れていくような気がしています。

 

雇用形態は採用試験に合格している正規の国家公務員でした。
公務員=楽、と世間は思っているようですが、とんでもない!

最初入ったばかりの時は、遅くても10時までには終われました。
落ち着いている時は定時で終わることもできました。

しかし、年々職場環境がひどくなり、配属先によっては毎日早朝~深夜です。
たまに夜9時に終われると、同僚と喜んで飲みに行きました。

 

しかし、その一方で仕事をまったくしない人は早く帰ったり、休みを取ったりしています。
何か言えば「鬱だ」とか主張して、上も手が出せない。

仕事をやらない人はそのままでいられる、だからますますそのしわ寄せがくる。
土日も出勤命令がきますが、もちろん無給です。

なお、残業の手当もほとんどついていませんでした。
たぶん実際の5分の1もついていない。

 

部署によってはクレーム対応が多いです。
ある意味、役所はすべての人間が顧客です。

公務員には何をしてもいい、という人間が多いです。
なのでクレームのレベルは最凶だと思います。

(転職して、その後もクレームってありましたが、ここほどひどいものに遭ったことないです)
物を投げられることもあります。

人によっては殴られてケガもよくありました。

 

激務だと思います。
でも給料は安かったです。

10年働いても、手取りで20万いっていません。
残業が少なければ、給料少なくてもいいのですが・・・

 

親も見かねて辞めるように言われていました。
心身ボロボロでした、続けてたら死んでいたかも。

退職は1か月前に上司に伝えました。
辞める人はわりと多いので、引き留めはさほど強くありませんでした。

でも一回は考え直すよう説得されました。
二回目で受理されました。

「辞職願」とタイトルをつけて、一身上の都合により・・・とシンプルに記入しました。
公務員はどの職場でも確か「退職」ではなく「辞職」となります、そのため辞職願としました。

内容については通常、理由は口頭では言うにしても、書面には必要ないと思います。

 

辞めてよかったのは、沢山ありますが、まずは残業がなくなった!
正確には残業はどこもありますが、あれほどあるところはないです。

それにより、自分の時間ができました。
趣味を持ったり勉強することができるようになりました。

それまで生きる=仕事する、でしたから。
それから、クレーム対応から解放されたことです。

 

こちらもどこでもありますが、あれほどひどいところはないです。
また一番よかったこととしては、健康になったこと。

慢性的なじんましんが治癒しました。
そのほか謎の症状(深夜に咳が出るなど)が消えました。

本当に辞めてよかったと今も思っています。

 

国家公務員として、某省庁の経理や会計を担当していました。
元々就職した時は、上司や先輩などの職場に人間環境にも恵まれていました。

また給料についても大企業ほどではありませんが、そこそこの額をもらえること、残業代が適切に支払われるなど、申し分のない環境でした。

 

ところが、3年目の時に上司を含め数人が異動したことで環境がガラリと変わりました。
新しく来た上司はコンプライアンス意識が欠如し、モラルを持ち合わせていない人でした。

そのため、パワハラやセクハラを悪気があるのかないのかわかりませんが、平然とやったり、お酒の席では無理矢理に飲ませようとしたりしてきました。
他にも、横領まがいのことなど、違法かどうかギリギリのことを指示してきたりもしました。

 

ただそうは言っても、あと2年ほど耐えれば自分も異動する身だったので、なんとか耐えられると思ったのですが、ある日、勤務時間中にその上司の部屋に呼ばれ、無理矢理お酒を飲まされそうになりました。

こちらとしては勤務時間中であることや、繁忙期であることを理由に断ったのですが、向こうの言い分としては、その上司は我々部下たちに様々な便宜を図っており、民間企業では営業担当が様々な相手に接待をするように、我々部下たちもその上司を接待すべきだ、だから勤務時間中とは言えこのお酒は仕事のようなものだと言われました。

 

流石に耐えられないと思ったため、上司に怒鳴りつけた上に本部の方へ通報しました。
ところは本部の方も全然取り合ってくれなかったこともあり、こんな組織にいても仕方がないと思い、辞めることとしました。

新たな職場は現在も勤務していますが、いわゆる普通の環境であり、人間も穏やかな人が多いため、のびのびと仕事ができています。
また、給料も同じような水準ですし、前職時代よりも有給休暇が取りやすいことなどもあって、休日の出勤などがあるにも関わらず、

勤務の環境はかなり良くなったように思えました。

 

正規職員として20年。内部事務を行ってきました。
内部事務と言っても、当然、書類の審査業務などの机上の仕事だけでなく、窓口もあれば、訪問業務もある。加えて、公金の徴収業務もあるような仕事でした。

いわゆる現場の第一線となっていましたので、国民からの風(苦情)をモロに受ける仕事でした。
入社した当初は、あまり感じなかったのですが、バブル崩壊後、公務員への風当たりが強くなったあたりから、精神的に追い込まれることも多くなり、長い間勤めていたため、国というものの裏が見えるようになり、これら様々な理由が重なり、退職を決意しました。

 

ウソとデマで塗り固め、あたかも「公務員は悪」と言いまわる報道機関。
選挙のために、国の将来などは考えず、無理やり法律を捻じ曲げたり、キチンと資料に残っているにもかかわらず、発言をひっくり返す、政治家や官僚。先のことを理解しようとせず、今(もしくは自分)がよければそれでよいという国民。

しかし、これらを理解しながらも、国民全員に平等なサービスをしなくてはいけない公務員という職種。
この「国民全員に平等なサービス」というものについて、深く考えれば考えるほど退職しようという考えが強まりました。

 

「全員に平等なサービスなど不可能。それであれば、手の届く範囲の人、求めてくる人にだけサービスを行う」という意識が芽生えました。
20年という節目でもあったため、その仕事に関する国家資格を取り、それを活かして仕事をしようと考えました。

退職を狙っていた半年前までには、資格取得を終えて、自分の地盤を固め、退職3ヶ月前には、上司に申し出ました。
当然、退職の引き止めがありましたが、計画を話したところ「そこまで考えているのであれば」と最終的にはスムーズな退職をすることができました。

 

退職届に関しては、なんら一般企業と変わりなく、自筆で退職願(様式は任意)を上司へ手渡すと、正式な退職届を貰うことができ、それを提出することにより、手続きは終了しました。
現在は、計画通りに資格を活かした職種についています。

給与は当然落ちましたが、怒声罵声を聞く毎日には程遠く、お客様と話していても、穏やかな自分がいることに気づきます。
公務の時は、「そんなサービスいらん」という人を無理やり説得し、サービスを押し付けるようなやり方でしたので、この違いが、現在の私の精神を穏やかにしている原因と思います。

 

それに、自らサービスを求めてやってくる人、例として言えば、パンが欲しいからパンを買いに来るような人を相手にしていますので、相手の理解も早く、こちらとしても、もっとサービスしてあげようと力が入り充実した仕事を行えています。

とどめとしては、指揮命令系統の人達(上司や代表)が身近に感じ、ちゃんと私の意見も汲み取ってくれるということです。
さすがに公務の時は、組織内での意見は交換できましたが、それを最後の決定者(政治家など)が意見を汲むなんてことはありませんでしたからね。

 

当時の雇用形態は,国家公務員心理専門職,週1で当直ありの仕事をしていました。
体力も知識も必要で大変でしたが,狭き門をくぐって就職できたことを思うとなかなか辞辞職に踏ん切りがつきませんでした。

それでも退職を決めたきっかけは,お付き合いをしている男性との結婚を考え始めた頃です。
当時20代後半だった私は,就職して初めて付き合った地方公務員の彼との結婚を視野に入れて交際していました。

 

彼は地方の公務員のため,転勤があってもせいぜい地方(県内)。
一方私は国家公務員のため全国転勤は当たり前。

「結婚するので異動できません」というのはもちろん通用しませんし,転勤が東北から九州へ・・・というのも普通です。
私の属する部署は3,4年に1度は異動となるため,入職して2年目が終わる頃の上司との勤務地希望面談(というのが半年か1年に1度はあります)で伝えることにしました。

 

通常であれば,あと1年で転勤の可能性がある時期になります。
まず,上司には交際相手がいること,しかし私の職がひっかかり結婚の話が具体的に決まっていかないことを伝えました。

すると上司は「この業界はどうしても,違う職業の男性と結婚する女性は退職を考えるしかないんだよね」と申し訳なさそうに言っていました。
過去にも数名いたそうです。私がこの仕事が好きであることを知っていた上司だったので,退職は惜しまれましたが,最終的には「幸せになってね」と送り出してもらえました。

 

上司に意向を伝えてから退職までは1年ありました。
特に国家公務員は,退職したポストに次年度異動または新卒者が入ってくるため,1年も前に伝えていたことはありがたかったようです。

1年後の年度初めには新卒者が入れるよう手続きをすすめるとのことでした。
具体的な手続きですが,事務から決められた書式の書類を渡されそれを記入するだけでしたので,特に悩むことはありませんでした。

退職を決めてからはすぐプロポーズを受け,今では異動に悩むこともなく夫と生活しています。
全国転勤がある国家公務員は,「夫についていく」ことが多い女性にとって悩ましいかもしれません。

 

22歳で、大学卒業と共に国土交通省に採用され、国家公務員として勤務していました。
日常的な徹夜を含む長時間勤務と、日々の苦情電話対応と、更に上司の無理解に苦慮し、採用4年目でうつと診断。

勤続12年目、「休職中に無給で勤務するよう指示された」ことをきっかけに辞職しました。

 

特に苦情電話対応は、精神的に疲れるものでした。
役所である手前「理不尽な要求をしてくる客も相手にしなければならない」という建前があります。

だから、当方の国土交通省における仕事と全く関係もない「薬の飲み合わせが複雑で分かりにくい」「うちの夫は土日休みだが、隣家は水曜休みなのがけしからん」「本屋で地図を買ったのに、自宅が掲載されていない」「国税庁のWebサイトが使いにくい」などなど、仕事の邪魔となる電話が来ても、相手にしなければならない訳です。

 

また「苦情電話対応をしたことのない上司」が意外に多く存在し、やっかいな存在でした。
つまり、仕事の邪魔となる相手が内部にも外部にもいたのです。

病気休職の身分のままで、無給での勤務を強いられるようになりました。
勤続12年目。7年来のうつ病が重くなって、下痢やめまいなどの症状が頻発するようになり、精神科医師の診断書を添えて休職を願い出ることにしたのです。

 

ところが職場内では「診断書が出たのならば休職させるべき」「今休まれたら人手が足りなくなって困る」という2つの意見が出たため、私の処遇は間を取って「病気休職の身分のままで、無給で勤務をさせる」というものに決まったのです。
「給与を支払わないのだから働かせていることにならない」という理屈だそうでした。

書面上の証拠を整えたのならば実態はどうでも構わないという役所仕事のツケを、私個人が払わされることとなったのです。

 

もちろんそんな処遇は不当であると抵抗しました。
しかし公務員においては、労働基準法は適用されません。

特に事情がある時には、給与を払わずに働かせることや、残業代を支払わないことも認められています。
民間と違い、法律に直ちに違反するわけではないのです。

 

4ヵ月のただ働きを強いられ、辞職を願い出ました。
不当だと訴え続けましたが聞き入れられることはなく、結果として4ヵ月間のただ働きを強いられました。

それなら辞めさせてくれと依頼しましたが聞き入れられず、週に1回呼び出され、幹部4人に囲まれ「途中で辞めるのは無責任だ」「休職中に働いてよいと認めてあげているのに何が不満なのか」と説教されるようになりました。
その後、半ば無理に辞めました。

 

退職届は書式が決まっているので印刷し、自筆で名前を書いただけ。
2ヵ月以上前から提出していたものを、辞める約1ヵ月前にやっと受理されました。

自らの限界を知るきっかけとなりました。
うつ症状はほぼ改善していません。

これからも治ることはない、と開き直って生活しています。
ただ、「自由な時間を取れるようになった」「通院を止め、薬漬けの状態から抜けられた」「暇な老人たちの相手をしてあげなくて済むようになった」のはメリット。

うつ病の中、薬漬けでただ働きさせられた過去は消えませんが、自分の限界に気付けたのは一つの収穫だったと考えるようにしています。

 

その他の国家公務員を辞めたい理由としては

  • 激務できつい、辛い
  • うつ病になった
  • 仕事がつまらない、夢がない
  • 割に合わない

などがありました。

 

国家公務員を辞める方法は、以下に紹介する記事が参考になると思いますが、もし

  • 自分から退職を切り出せない、
  • 辞めたいといっても強い引き止めに合う
  • 即日退職したい

という場合は、この記事の最後までお進みください。

自分で退職するコツ

退職時のよくあるトラブル解決法

もし自分から退職を切り出せない、強い引き止めに合う、即日退職したいなら…

もし自分で辞めたいと言いづらかったり、すでに退職したいと伝えているのに辞められない場合はぜひ、退職代行サービスというものを使ってみてください。

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